日直地獄

小学校では事件が起きる

はじめての地獄

思うところがあって地獄について調べていて面白かったのでまとめておく。ただし片手間に調べていることと、やたら出典が多く調べきれてないし、正直表層しかなぞれてない感じがある。まあそれでも面白い。

須弥山世界・娑婆

地獄を知る前に、地獄を取り巻く世界を知らなければならない。仏教的な世界観では須弥山と呼ばれるバカ高い山を中心とした世界が存在しており、その中に六道(天道、人道、阿修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道)が含まれているとされている。

生き物は須弥山世界で輪廻転生を繰り返す。須弥山世界は娑婆世界とも言う。日本において娑婆というと自由な世界というイメージがあり、地獄はそこに含まれない印象があるが、仏教的に娑婆は「苦しみを耐え忍ぶ場所」であり、地獄も含まれる。輪廻転生自体が苦しみであり、一般的に良いとされそうな天道も、天道から転生しなければならない期日が迫ってきたときの苦しみは耐え難いものとされやはり苦しみである。天台宗の僧、源信が985年に書いた「往生要集」*1では「正法念経 」の偈を下記の通り引用し、その苦しみを語っている。

天上より退かんと欲するの時
心に大いなる苦悩を生ず
地獄のもろもろの苦毒も
十六の一に及ばず

源信. 往生要集 全現代語訳 (Japanese Edition) (p.59). Kindle 版.

また、三千大千世界という概念もある。一つの須弥山世界を少世界として、

  • 少世界が1000個集まったのが、小千世界
  • 小千世界が1000個集まると、中千世界
  • 中千世界が1000個集まると、大千世界

という概念になる。つまり三千大千世界に少世界が何個含まれているのかというと、3兆個集まっているということになる。正直なところこれは結構少ないなと言う印象を持ってしまった。
一説には、1つの須弥山世界の大きさが大体190億キロメートルくらいとされていて、それが3兆個集まるので570垓キロメートルほどになる。今考えられている宇宙の年齢が138億年で、それが正確に光の速さで大きくなっているとすると、138億*約9兆5000億キロメートル=1311垓キロメートルということになる。物理的な大きさは割と現実的なサイズに収まってしまっている。
一方、八大地獄のうち最も厳しい地獄である阿鼻地獄では、682京1120兆年も苦しみ続けなければならないとされている。サイズと時間がアンバランスな感じがするので、世界の方はもっと盛っても良かったんじゃないとは思うが、当時は宇宙のサイズ感とか知る由もないので仕方がないと思う。マルチバース的な概念は面白い。

死後のフロー

死ぬと7日おきに計7回、生前の行いの裁判を受けることになる。初七日法要や、四十九日法要など七日ごとの法要はこの信仰によるもの。個人が浄土に行けるよう願うものとされている。不動明王→釈迦如来→文殊菩薩→普賢菩薩→地蔵菩薩(閻魔王)→弥勒菩薩→薬師如来のリレーで行われており、有名な閻魔王の裁きは7回のうち1回とされている。それぞれ裁判の担当領域が異なり、最終的に薬師如来が報告を取りまとめて判決を下すのであって七審制ではない。

graph LR
0[開\n始] -- 死出の山 --> A
A[不\n動\n明\n王] -- 三途の川 --> B[釈\n迦\n如\n来]
B --> C[文\n殊\n菩\n薩]
C --> E[普\n賢\n菩\n薩]
E --> F[地\n蔵\n菩\n薩]
F --> G[弥\n勒\n菩\n薩]
G --> H[薬\n師\n如\n来]

特に有名な三途の川は1回目と2回めの裁判の途中にある。川幅は400キロメートルとされており、これはアマゾン川の河口の幅くらいであり、アマゾン川がでかすぎることを理解するのに役立つ。

地獄について書かれた本

日本における地獄信仰は先述した「往生要集」が重要な本となる。地獄に関する創造的な書というより、過去の仏典を集めて統一的な見解を示した書といえる。
夏の暑さも吹き飛ばす,これぞ地獄 これぞ極楽往生 1000年忌特別展 源信 地獄・極楽への扉 - 文化財のトビラ - 文化庁広報誌 ぶんかる
娑婆世界の苦しみと、浄土の素晴らしさを説き、浄土へ行くための手段として「念仏」を薦めている。娑婆世界と浄土については冒頭の1,2章「厭離穢土おんりえど」と「欣求浄土ごんぐじょうど」に書かれている。その中でも地獄についての描写の割合が極めて多いのが特徴。
他には、インドで書かれた「倶舎論」や隋で書かれた「起世経」、「正法念処経」などが出典としてよく出てくる。起世経については奈良国立博物館に所蔵されている「地獄草紙」、正法念処経については東京国立博物館に所蔵されている「地獄草紙」で描写される地獄の出典とされている。

地獄

地獄は六道の中でも最も厳しい道とされ「往生要集」では八熱地獄と八寒地獄について書かれている。

八熱地獄は、等活とうかつ地獄黒縄こくじょう地獄衆合しゅうごう地獄叫喚きょうかん地獄大叫喚だいきょうかん地獄焦熱しょうねつ地獄大焦熱だいしょうねつ地獄阿鼻あび地獄にわかれ、後者の方が厳しい地獄となる。
八寒地獄は、頞部陀あぶだ地獄尼剌部陀にらぶだ地獄頞哳吒あたた地獄臛臛婆かかば地獄虎虎婆ここば地獄嗢鉢羅うばら地獄鉢特摩はどま地獄摩訶鉢特摩まかはどま地獄にわかれ、後者の方が厳しい地獄となる。ただし、八熱地獄については細かに描写しているにも関わらず、八寒地獄については今語る暇はない、と一文のもと無理やり収束させている。そもそも出展が少ないのか、地獄に恐怖させ浄土を目指させるには十分と判断したのか、はたまた残酷描写に飽きたのかはわからないが、強引に感じた。

また、それぞれの地獄には十六の小地獄が存在しているとされ、様々なジャンルの罪人を受け入れる仕組みになっている。その種類は様々である。
例えば、燃え盛る鶏に追われ蹴散らされる「鶏地獄」は、そもそもなんでそういう設定にしたのか不思議な地獄だし、地獄草紙の鶏もやたらかっこよく書かれており死体の描写がない。罪人を臼でゴリゴリする地獄、鉄磑処の獄卒もハジける笑顔だった。まあ、暗闇とロウソクの火で見るとまた雰囲気が違うのかもしれないが。
それぞれ、奈良国立化博物館のウェブサイトやe国宝で閲覧できる。
e国宝 - 地獄草紙 - 鶏地獄
e国宝 - 地獄草紙 -鉄磑処

それぞれの地獄や小地獄について詳しくは 八大地獄 - Wikipedia を見るのがわかりやすいと思う。
往生要集の地獄に関する記載を読むと、できるだけ地獄が存在していることを民衆に信じてもらうためなのか、地獄の大きさや責苦の時間、責苦の設定など事細かに書かれていて面白い。存在しないものをあたかも存在しているかのように設定を積み上げて、かつ民衆をびびらせるのはさぞ面白かっただろうなと思う。自由な発想で様々な地獄が作成されているので、私が日直地獄の存在を主張しても問題ないと思う。

会いに行ける地獄

展示されているか調べてから行こうね

  • 奈良県 奈良国立博物館 国宝 地獄草紙
  • 東京都 東京国立博物館 国宝 地獄草紙
    • 餓鬼草紙や病草紙など六道に関する書物もあり六道的にお得
  • 京都府 六道珍皇寺
    • 名前に「六道」が含まれている通り冥土と関係が深い。閻魔に仕えた小野篁が祀られており、冥土に立ち寄るために利用した「冥土通いの井戸」と「黄泉返りの井戸」がある。黄泉返りの井戸は諸説あるらしい。
  • 京都府 北野天満宮 国宝 北野天神縁起絵巻
  • 滋賀県 聖衆来迎寺 国宝 絹本著色六道絵
  • 兵庫県 極楽寺 重要文化財 絹本著色六道絵
  • 福岡県 成田山久留米分院 地獄館
    • もはや何歳の頃行ったのか忘れてしまったが、たしか小学生くらいの頃に家族旅行でここに立ち寄った。写真を見るとわかるがかなり生々しい責め苦の描写があり、今から考えても何故ここに立ち寄ったのかわからない。親はちょっと行ってみるかで行ってみたら案外すごくて引いたんじゃないかと想像している。実際、めちゃくちゃ怖かった記憶がある。

*1:名前がかっこいい